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持病と仕事のストレスで適応障害になり休職した文系SEのブログ。

【適応障害で休職18】「助けて」を言える人がうらやましかったー会社復帰の打ち合わせに行ってきました。ー

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こんにちは。marina*(@NMarina422)です。

これまでの経緯はこちらから。

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2019年10月ごろに適応障害を発症し、そのままずるずると3ヶ月の間、休職することになりました。

 

そして2020年1月。

会社への復帰が確定しました。

 

かれこれ3ヶ月間。

たくさん悩みました。

たくさんもがき苦しみました。

たくさん泣きました。

泣きすぎて鼻とまぶたが赤くなっておかしくなってしまうくらいでした。

おそらく1リットルのペットボトルくらい泣いたと思います(今でもたまに緊張感で涙が出ることはありますが…)

 

 

 ですが、2020年の年明けを一つの区切りとして、少しずつでも前に進むことを決意しました。

 

いつまでも見えない誰かや不安に怯えていたくない。

いつもでも自分の涙目の顔を鏡で見ていたくない。

このまま働けない体で家に引きこもっていたくない。

やりたいことがたくさんあるのに何一つ叶えられないまま死にたくない。

 

自分の人生を自分の力で切り開いていくため、まずは会社への復帰を第一歩としました。

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そして先日、会社復帰の具体的な予定を決めるために本社へ向かいました。

そこで今回は、その打ち合わせで決まった内容(出社時間や業務内容など)についてのご報告です。

 

勤務時間について

結論として、フレックスタイムでの出勤が決まりました。

勤務時間はAM10:30〜PM4:00。

朝は通勤ラッシュで混雑しており、精神的にも体力的にもキツい。

また、休職明けからフルタイムで働くのは難しい。

それらを考慮した結果、しばらくの間は「出社訓練」として以上の時間帯で出勤することになりました。

 

休職2ヶ月目あたりから、だんだんと自分の中で「働かないとまずい」という危機感が生まれてきました。

原因は明らか。

家族ひとりだけ家で引きこもっているから。

 

病気になった時、家族に看病してもらったり、心配してもらうことはありがたいことです。

でも、両親や兄弟、姉妹が働いていたり学校に行っている場合、朝の不安と憂鬱感は計り知れません。

なぜなら、みんなバタバタと忙しなく家の中をかけ回り、出かけるための支度をしているから。

 

みんなは仕事や学校に行くために必死に身支度をしている。

かたや自分は働けないから家にいるしかない。

出かけたくても外が怖くて家から出られない。

 

同じ家に暮らしているのに、家族なのに、自分ひとり取り残される孤独感に襲われるのです。

この孤独感から脱却するのに私は1ヶ月近くかかりました。

必死に「また元気に仕事に行けるようになるためにエネルギーをチャージしているだけ」と言い聞かせました。

時には死ぬまでにやりたいことリストを作って、自分の人生を前向きに明るく考えられるようにしました。

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 やりたいことを叶えていくために、まずは会社に行けるようになろう。

それ以来、少しずつ会社に行くことが第一の目標になりました。

 

もう一つは、お金の心配が生まれたからです。

幸いわたしは実家暮らしのため、家賃や食費、生活費を負担する必要がありませんでした。

それでも2週に1度の通院費や薬代などかかります。

しかも、休職すると体や気持ちを落ち着かせることはできますが、その代わり休んでいた間の社会保険料を会社に支払わなければなりません。

本来は給与から社会保険料は引かれるのですが、休職中は会社側が立て替えて支払うためです。

私の場合、1ヶ月目の休職が経過して約20日後に傷病手当金が支払われたのですが、その数日後に4万円近い社会保険料を会社に支払うことになりました。

傷病手当金は給与の3分の2が支払われることになっています。

ですが、そこから社会保険料が引かれるため、結局手元には少ししか残らないなんてことも。。。

この時ばかりは一人暮らしをしていなくて本当によかったと思いました。

傷病手当金についてはこちら▼ 

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今回も休職2ヶ月目分の社会保険料を支払ってきました。

まだ2回目の傷病手当金の受け取りができていないため、なんとか貯金を切り崩して支払いました。

 

お金の不安を少しでも減らせるよう、やりたいことを叶えるためにも、まずは一日置きでもしっかり出社できるよう頑張りたいと思います。

業務内容について

気になる業務内容ですが、いきなり休職前と同じように業務をこなすのは困難です。

万が一、仕事でミスをして症状が悪化したら元も子もありません。

そのため、上司と相談した結果、資格試験の勉強を行うことになりました。

わたしの職業は、簡単に言えばシステムエンジニアプログラマーです。

情報の取り扱いやプログラムを組んだりすることが主な業務です。

当然、個人情報を扱ったりすることも多いため、専用の資格が必要になることもあります。

そのため、しばらくの間はSEに必須と言われる「基本情報技術者試験」の勉強を社内で進めることになりました。

とは言っても、ただやみくもに勉強していても仕方ないため、出社した日はどんな勉強を行ったか上司に日報を提出します。

 

復帰が確定したはいいものの、いったいどんな業務になるのだろうと心配になっていました。

わたしが適応障害になったのも納期や上司のプレッシャーが原因だったため、もしプロジェクトに関わることになったらどうしようと不安で仕方ありませんでした。

 

取得したくて参考書を買ったはいいものの、内容が難しく受験を敬遠していたので本当に助かりました。

2020年内に合格できるよう、少しずつ苦手な部分を克服していけたらと思います。

 

 

まとめ

 

今回の打ち合わせに行くまでは、復帰が確定したものの、その後の業務内容や社内の人とのコミュニケーションなど様々な不安感に襲われました。

当日の電車内でも、混雑はもちろん、自分より身長の高い男性に八つ当たりをされた恐怖で倒れてしまいそうなくらいでした。

 

それでも途中で引き返さず、なんとか会社に向かったのは、これまでの弱い自分から脱却したいという思いがあったのかもしれません。

 

打ち合わせから一夜明けた朝は、ホッとしたのかいつもより寝坊してしまいましたが、以前のような体のだるさや不安に襲われるといった症状がありませんでした。

もう働けなくなったらどうしようと苦しみ、いつも下ばかり向いていた自分から、やっと少しだけ前を向いて歩けるようになった気がします。

 

それでも、やっぱり人混みや電車が少し怖く、躊躇して足がすくんでしまいます。

今回は無理にでも会社に行かなくてはと必死でしたが、このままではまた外出が困難な状態に後戻りです。

無理だと思ったらきちんと助けてと声をあげられるようになることも、今の自分には必要なことだと思いました

以前の自分だったら車内で助けを求めようにも、電車を遅らせてはいけない、周囲を困らせてはいけないと自分を自分で叱責し、じっと我慢していました。

これはわたしだけではなく、多くの人が悩み苦しんでいることだと思います。

 

ただでさえ日本では電車の遅延や人身事故に厳しい批判をする人が多いのが現状です。

適応障害になる前のわたしも、その1人でした。

 

少しでも電車が遅れれば心の中で電車を遅らせた人を責めました。

人身事故を起こした人のことをひどく憎んだこともありました。

 

でも、いざ当人になってみると、助けを求められる人はなんて勇気のある人なんだろうと思いました。

たぶん、以前の助けを求められなかった自分は、必要な時に助けを求められる人がうらやましかったんだと思います。

自分にはできないことが誰かはできる。

そんな思いがいつしか嫉妬になり、攻撃の対象になってしまった。

 

今回、電車の中で八つ当たりをされて助けを求められなかったのは、このことに気づくためだったのかもしれません。

捉え方次第だと言われればそれまでかもしれません。

でも、精神的に苦しんでいる自分にとっては、日常の何もかもが気づきの対象です。

当時は怖くて怖くてたまりませんでしたが、今考えてみると身のふりを直すきっかけになりました。

自分にしたことは必ず自分に帰ってくる。

 

助けてを言える人は、同時に助けを求めている人を臆さず助けることができる。

当然、誰かを助けられる人は、助けてほしい人に助けてもらえる。

 

会社に復帰しても、不安や疑問がある時は、勇気を出して誰かに相談できるようにする。

復帰してしばらくは社内の人とのコミュニケーションに悩みそうですが、まずは無理せず自分のペースで出社ができる状態に戻していきたいと思います。