そんなに嫌なら逃げてもいい。

持病と仕事のストレスで適応障害になり休職した文系SEのブログ。

【適応障害で休職3】会社との面談→1ヶ月の休職へ

スポンサーリンク

こんにちは。marina*(@NMarina422)です。 

 前回の記事で、私は心療内科にて適応障害と診断されました。

www.marina422.com

今回は、実際に休職にいたるまでの会社とのやりとりについて書いていきます。

直属の上司ではなく部長の登場

心療内科での診察を終えた後、私は直属の上司に最近体調がすぐれないこと、適応障害と診断されたこと、休職させてほしいことをメールで伝えました。

メールを送信して約1時間後。

すぐに上司から返信があり、休職に入る前に会社で面談がしたいと告げられました。

それから翌々日。

通勤ラッシュを抜けた朝の10時ごろ。上司との面談のため本社へと向いました。

今まで現場での仕事が長かったため、本社へ行くのは久しぶりでした。

休み明け早々に休みをとって病院に行った罪悪感に苛まれつつ、「これから一体なにを言われるんだろう」という不安と共に本社の玄関に入りました。

玄関に入ってすぐに本社で働く社員の方が出てきました。会うのは研修以来だったため「お久しぶりです」と挨拶をしましたが、うまく声が出せずぎこちない笑顔とか細い声しか出ませんでした。

その直後、私が来たことに気づいた部長が私を会議室へと案内しました。メールでは部長と直属の上司の2人、私の三者面談の予定でしたが、上司の姿はどこにも見えませんでした。

気になったので聞いてみたところ、どうやら現場が忙しく離れられない状態のため、結局来られなくなってしまったとのこと。

そのため、今回の面談は部長と私の二者面談になりました。

病院の問診のような面談

そして始まった部長との面談。

まず最初に、面談をどのように進めていくかということを聞かれました。が、自分で話そうにも何から話していいか分からないため、部長の提案でこちらから質問を投げかけ、それに対して私が答えていくという流れになりました。

そして最初に聞かれたのが「いつから頭痛がひどくなったのか?」という質問。

いきなり休職したいと言ってきたことに対して、私は何か文句の一つでも言われるのだろうかと思っていましたが、部長の口からそんな言葉の類は一つも出てきませんでした。ただ淡々と「どんな頭痛がするの?」、「食欲がなくなったのはいつ?」、「今やっている仕事はどんなこと?」など、まるで医者と患者の問診のようなやりとりでした。

今の現場での仕事について聞かれたときは一瞬ドキッとしました。技術不足なのに難易度の高い仕事を依頼され、気持ちも体も追いつかなくなってしまったことを話すときはずっと心臓がドキドキしっぱなしでした。自分でも甘えたことを言っていることは自覚していましたし、自分の限界を知るためにも頑張らなくてならないことも分かっていました。分かっていましたが、それよりも先に体が悲鳴をあげてしまったのです。

そして面談の後半。いよいよ休職の話になりました。

泣いてばかりで働ける状態じゃないため、できれば明日から休ませてほしいと伝えたところ、すぐに承諾されました。あっけなく決まってしまったため、しばらく呆然としていました。(おそらく私のような人への対処に慣れていたのかもしれません)

そして、1ヶ月の休職が終わる直前にもう一度面談をさせてほしいこと、会社からの飲み会やイベントのメールなどはすべて無視してよいと告げられ、面談は終了しました。

心療内科には気をつけて

 面談が無事終わり、傷病手当金の申請書をもらって帰ろうとした矢先のこと。部長と入れ替わりで営業部の部長がやってきました。

今度こそ何か言われると身構えていると、突然「私のイメージってどんな感じ?」と質問されました。不思議に思いつつ「明るくて元気なイメージです」と答えました。が、次の瞬間、部長から思いもよらぬ言葉が返ってしました。

「私はもともと明るい性格ではなかったんだよ」私は最初、部長が何を言っているのか、理解できませんでした。また、なぜそんなことを言い出したのか疑問に思っていました。

聞くところによると、部長も心療内科に通っているようでした。ですが、今の病院と出会うまでに3件の病院に行った結果、どこも薬を出すだけで適当な診断しかされて来なかったとのこと。そのため、私が適応障害で休職を提案されたことを聞きつけ、アドバイスをしに来たのでした。

その話を聞いて思わず不安になりました。が、担当医の方は適応障害とはどういう症状かについてや、薬の種類や効能、副作用について丁寧に説明していたため、大丈夫だろうという結論で落ち着きました。

最後に「心療内科には気をつけてね」という言葉を残して、部長は仕事へと戻っていきました。

1ヶ月の休職生活へ

その後、総務部から傷病手当金の申請書をもらい、か細い声で「失礼します」と告げてから本社をあとにしました。

明日からやっと落ち着いて休める。

帰りの電車で座りながらそう思った瞬間、朝からずっと張り詰めていた緊張感が抜け、気づいたら最寄りの駅に着くまでずっと寝ていました。そして帰宅後。この日、母は仕事が休みだったため、真っ先に明日から休むことを伝えました。母は「そう」と一言だけ告げ、何も聞かずに洗濯を続けていました。

 

今思えば、この時はとにかくたくさん寝たいことと、些細なことですぐに泣いてしまう状態を治したい思いでいっぱいでした。

また、今回の一件で「嫌な思いや辛いことを我慢しつつ雇われて働くこと」に対して疑問を抱きはじめました。私のように些細なきっかけで、突然働けなくなってしまう人はたくさんいることでしょう。1ヶ月とは夏休みと同じようなもので、本当にあっという間に過ぎていくものだと思います。まずは体を休めることを優先に、今後について自分なりに考えていく時間を増やしていきたいと思います。